前回記事ではパドルの構造について簡単に解説しました。
今回の記事ではこの構造や材質をベースによくある損傷や修理方法について解説していきます。
カーボンを含むFRPの良さは金属などと違い自力でリペアしやすいというところにあります。壊れたパドルやボロボロのパドルがあれば練習がてらぜひ自分で一度修理してみてください。
ブレードの損傷と対処
パドルで最も損傷するのがブレード部分です。この後に解説しますがシャフトの損傷というのはそれほど多くありません。実際水中で水をつかんで負荷がかかる部分なので岩に当たったり他の選手のパドルとぶつかったりして損傷します。
①ブレード:エッジの損傷 修復難易度★☆☆☆☆
最も多い損傷の一つがエッジ部分の欠けです。岩にぶつけたり他の選手のパドルとぶつかったりと様々な要因で欠けてしまいます。特にスターンの選手はラダーを入れているときに浅瀬で岩にぶつかるのでエッジ部分の損耗が激しい傾向にあります。
コアまで損傷せず表面が欠けた程度であれば自分で修理できます。
表面だけ欠けると内部の繊維が出てきてほつれるような感じになります。大きく損傷していなければ「ボンドEセット」という2液混合型の接着剤で埋めてやるだけで十分です。(amazon HP)
間違ってもG17などで埋めないでください。
ボンドEセットはエポキシ樹脂になります。接着剤というよりは樹脂なのでキズを埋めるには有効です。
大きく損傷している場合はカーボン繊維を用意し、解れた部分を使用しキズに埋めてその上からEセットをかけます。
難点としてはボンドEセットは粘度が低い上に硬化まで相当時間がかかるのである程度固まるまで定期的に監視していないと樹脂が垂れてきてしまい形が歪になりやすいという点です。
②ブレード:面の損傷 修復難易度★★☆☆☆
エッジ部分の損傷に次いで多いのがブレードの面損傷です。前後でパドルがぶつかってしまったり岩を面で叩くと凹んだようにキズがつきます。エッジ部分と違うのは削れて欠けるというよりはエクボのように凹んでしまうという点です。
次に解説する剥離も相まった損傷はかなり厄介なものになりますが凹んで間もないキズや軽微なものであれば自身での修復も可能です。
※チップの修復ではないのでチップは記載していません※
修理方法としては単純でキズついた部分をカーボンシートで少し大きめに覆って樹脂かボンドEセットで固めてあげるという方法になります。
修理のポイントはカーボンシートの大きさだけに樹脂を塗るのではなく少し大きめに塗りシロを取ってあげるという点です。ピッタリすぎるとカーボンの毛羽立ちから剥がれやすくなってしまうので覆い隠すように樹脂を塗ります。また、この樹脂を塗布する部分は紙やすり等でしっかりとサンディング(キズ出し)してあげないと樹脂が剥がれやすくなってしまいます。周辺をキズつけないようにマスキングテープ等で養生してサンディングしましょう。
単純に樹脂で埋めれば良いだけのエッジの修理よりも段取りや工程が多少増えるので丁寧な作業が必要です。
③ブレード:面の損傷+剥離 修復難易度★★★★☆
一つ前の面損傷の重篤症状です。キズ口から水が侵入してカーボンとコアの隙間に水が入ってしまい浮いている状態です。ガラのパドルは製造工程によりこの症状が非常に起きやすいです。
一見すると面のキズと見分けがつきませんが周辺を押すと浮いているような感触があったり水を孕んで膨らんでいたりします。どこまで水が侵入しているか調べるには厳密にはカーボンをはぐ以外ありませんが簡単な診断としてキズの周辺をボールペンや鍵など硬いものでコンコンと叩く打診という方法があります。カーボンがしっかりと密着している部分は乾いた音がしますが浮いている部分はこもった音がします。
修理は非常に大変で一度浮いている部分を全て除去し、浮いた部分のコア材も除去しコアの代わりになるもので成形し再度カーボンを貼るという作業が必要になります。
まずはキズの大きさを確認しながら浮いている部分(上の図のモヤ部分)のカーボンとコアを除去します。
漕ぐ面にキズがついている場合はバックフェイスのカーボンを残して除去します。
まずは上の図のような状態にします。ここからコアを成形してカーボンを貼ります。
ピンク色の部分が新たなコア材です。コア材は極論何を使ってやっても構いません。発泡スチロールでもパテでもなんでも結構です。ミッチェルのC-1パドルはコア材に木材を使用しているものもあります。工場でも使用していたオススメはマイクロバルーンという軽量パテです。工作などに使う高密度パテは重量が出過ぎてしまうのでマイクロバルーンを使用していましたが手に入らなければ模型屋等で売っている造形パテでも大丈夫です。
図にするためものすごい厚みがあるように見えますがパテも1mmか2mm程度でカーボンも布一枚なのでそこまでの厚みはありません。コアを詰めたら最後に面修理のように上から大きめのカーボンで覆います。
この修理の際「コアを剥ぐのが大変だから。」と言って剥離した場所のコアをそのまま使うと上手く接着できず修理不全を起こします。
工程が多く解体してみないとキズの深さがわからないのに加え特殊な工具はいらないものの材料が必要ということで難易度は高めです。しかし、ここまではやり方を知っていれば自分でできなくないものです。
④ブレード:挿入軸周辺の損傷 修復難易度★★★★★
ガラの組み立ては国内のZOKENさんが行っているので組み立て式であればZOKENさんの補強も入りよほど無理な使い方をしない限りほとんど軸周りが壊れるということはありません。一番多いのはLULAです。LULAは軽量化のためなのか軸周辺の3cmほどが中空になっておりかなり壊れやすいです。さらに軸自体もかなり薄くできており軸そのものが折れるという事案も発生しています。
ここからは自分で修理するのはかなり難易度が高い修理です。下手な修理をして悪化させる前に工場に修理に出した方が良いレベルです。
軸の折れ方は2通りです。キレイにポッキリといけば良いのですが一番右側のように内側に折れ込むと周辺を押しつぶすように壊れるのでより厄介です。どちらにしても一度折れた軸をシャフトの中から取り除きシャフトをキレイにする必要があります。シャフト内に残ったものを思いきってカットしてダッキー用やC-1用にしてしまうというのであれば簡単ですがシャフト内に残された軸の取り出しは大変ですし同じ長さにしようと思った場合シャフトの再造形があるので至難の業です。最終的にはブレード上部を切って折れた軸に変わって新たな軸を造形し埋めるという作業も入るのでかなり大変です。
簡単に工程だけ解説すると『折れた軸部分をシャフト・ブレードから取り除く→ブレードの軸を再構成→ブレード上部に軸を埋め込む→シャフトに入る形に成形する→通常の組み立てのように組み立てる』となります。文字にするとわかりにくいですが要は折れた部分は除去してそれをもう一回作り直すということです。
一つ前のコアも同様ですが修理にあたっては損傷した部分の再利用はあり得ません。「軸折れてるけど断面キレイだから接着剤でくっつけよう!」とはならないわけです。剥離もそうですし軸折れもそうですが理由や製造工程の不備があって損傷しているので新たなもので代用しなければなりません。
⑤ブレード:擦り減り 修復難易度★★★★★★★
難易度が★5で収まらない高難度修理です。FRPショップアイザキは当たり前のようにこなしますが普通は無理です…笑。
メタルチップなしのダブルダッチやマーシャスパドル・ワーナーなどに出る症状です。経年劣化と言ってしまえばそれまでなメタルチップなしの宿命です。
詳しくは書きませんが希望のパドルの長さを聞いてそれに合わせて先端をないところに増設するというとんでもない作業です。厚さ・角出し・左右バランスなど神経を使うとても手作業でやるとは思えない作業です。
⑥ブレード:メタルチップの変形損傷 修復難易度★★★★★★★★★★
面損傷などに続いて多いのがチップの損傷です。岩パンした際などに先端のメタルチップが変形してしまうという事例です。
実はパドル修理で一番厄介なのがチップの変形です。
チップは金属のためそもそも樹脂と非常に馴染みにくいです。そのため変形してしまうと周辺のカーボンと剥離してしまいそこから水が入るという二次被害が非常に起きやすいのです。
チップもカーボン同様で壊れた物を再利用はできません。しかし、パドルメーカーも修理用メタルチップなんてものは販売していないので自作するしかありません。アルミのプレートを用意し自力で成形しパドルに埋めていきます。その際もアルミは樹脂と馴染みにくいので穴を何箇所か空けてカーボン繊維で縫うようにして固めてやって脱落しないようにします。
アルミの切削道具やカーボン繊維によるパドルへの縫い付けなどかなり手間のかかる作業で専用の工具も必要になるのでかなり難易度高めです。
シャフトの損傷と対処
シャフト損傷と聞くと単に折れるだけと考えられがちですがこちらも色々な事例と修理があります。さらにシャフトは筒状をしておりブレードと比べて樹脂の扱いが難しく全体的に難易度が上がります。
①シャフト:クラック 修理難易度★★★☆☆
クラックとは「ヒビ」のことです。一箇所を押しつぶすような負荷がかかったりするとできます。
水上ではパドルを岩に挟んで負荷がかかってしまい「折れる」までいかなかったときによく起こります。さらによく起こるのは輸送中です。パドルを積み重ねて車に入れその上に荷物を乗せた時などにもよく起こります。ちなみに軽微なものまで含めるとパドルの損傷の半分は陸上で起こります。一度ダブルダッチを輸入した際にシャフトが10本ほどまとめられて届いてそのうちの一本が組み立て時にクラックが入っているということで組み立てが難航したことがあります。新品でプチプチ等に巻かれていても輸送時にキズがつくことがあるので注意が必要です。
組み立て済み(使用中)のパドルにクラックが入った場合は内部に水が侵入していなければさほど修理は難しくありません。ブレードの修理同様サンディングして表面にカーボンシートを巻き付けるように貼っていくだけです。
ブレードと比べて大変なのはシャフトは円柱型で樹脂や接着剤がある程度硬化するまで定期的に回してあげないと樹脂が垂れてきてしまいキレイな円柱状になりません。ボンドEセットが垂れなくなるまで硬化するとなると季節にもよりますが最低6時間はつきっきりで最初の1時間くらいはずっとみていなければなりません。その後も15分間隔ほどで表裏を切り返して樹脂が均一になるように調整しなければならないので難しいというよりは手間がかかる修理となります。
②シャフト:折れ 修理難易度★★★★★★★
岩などに挟んでクラックを通り越すといよいよパドルは折れてしまいます。FRP製品なので折れても修理できるのはメリットなのですがかなり手間がかかります。
シャフトが折れた場合は中に軸を作って繋ぎ合わせるのですが、その際に上の図左側のように損傷が小さくキレイに折れれば良いのですが派手にクラックが入って割れの範囲が広いと(クラックを残した状態だと)使用時に軸の負荷に耐えられないのでクラックの端まで取り除かなければなりません。クラックによるカットダウンが大きいと元の長さに戻すためには軸を延長しその分カーボンも巻かなければならず手間もコストも倍になります。
図の左側のようにカットダウンがほとんどないと軸も短くて済みますし隙間は樹脂等で埋めてしまうこともできます。しかし、右側のように大きくカットダウンして更に長さは元通りとなるとパドルに対する軸の挿入分もあるので軸を延長して隙間もカーボンで巻き直して成形し最後にクラック修理のように大きく覆う形になるのでかなり手間がかかります。ちなみにこの軸作成が難しく中空の細いシャフトのようなものをもう一本作るのですが、折れた箇所やメーカーによって太さが全く異なるのでその都度ハンドメイドとなります。それに加えて一定の厚みがないと軸として機能しないのでシャフト内径と軸外径の合わせが半端じゃなく大変です。
この修理を個人でやろうとして軸にホームセンターの木棒(?)のようなものを入れて無理やり樹脂を流し込む素人修理をしてやっぱりダメでしたと工場にきたパドルを見たことがあります。木と樹脂の除去だけで何日もかかって大変なことになっていました。
この修理には応用があって一度組んだパドルの延長やカットダウンはこの原理で行います。折れたのを機会に長くしたり短くしたりと調整する人も多いです。ただ、短くするのも長くするのも元の長さからの幅が大きいと大工事になってしまい大変になります。
③シャフト:摩耗 修理難易度★★★★☆
ブレードの摩耗はイメージがつく方も多いかと思いますがシャフトの摩耗はあまり気にしたことがないという方も多いのではないでしょうか。
スラローム艇などに多い損傷で艇とパドルが擦れてシャフトのブレードよりの部分が擦り減ってしまいます。ラフティングの場合ゴムなのでパドルとボートが擦れてパドルが負けるということはほとんどありません。国内レース使用頻度1位のコロラドに至ってはDリングも付いていないのでパドル×ボートの損傷はほとんどありません。しかし、大きなボート(国内だと2017世界大会のアキレスやテイケイがよく使っているアクアデザインなど)になると外周のロープのアンカーとしてDリングという金具がついています。実はDリングにあたってすり減るという事案も結構多いです。
画像は私のガイド用パドルですがコマーシャルボートについているDリングと擦れて細かいキズがたくさんついています。このダメージが蓄積していくといずれすり減って貫通します。
シャフトはブレードと違って穴さえ空かなければ成形する必要はないのでクラック修理同様すり減ったところにカーボンを巻くだけで大丈夫です。難しい点としては大体擦り減るのは手が当たる場所の周辺で気を使うというのとクラックに比べて広範囲に渡りやすいので大変という点です。
④シャフト:水の侵入 修理難易度★★★★★
シャフト内に水が入ってしまいチャプチャプと音がしているパドルを見たことがある人はどれくらいいるのでしょうか…?カーライルやアルフェックといった大量生産される工業製品は個体差が激しいため年間で3〜4本シャフトに水が入ったパドルがあらわれます。カーライル以外でもカーボンパドルで稀にシャフト内に水が侵入するという事例は起こります。要因としてはTグリップやブレードを組み立てる際の接着不全です。しっかりとつけられていなければ隙間から水が侵入してしまいます。
カーボンパドルでシャフト内に水が入った場合まずは早急に原因を突き止める必要があります。よくあるのはブレードとシャフトの接着箇所です。樹脂に隙間があると水は流体なので侵入してきます。ボートのエアー漏れもそうですが発見方法は「石鹸をつける」です。台所用洗剤でもシャンプーでも構いませんが中性洗剤であればなんでも結構です。石鹸をつけて温めたり空気圧をかけたりすると隙間から泡が出るので非常にわかりやすいです。また、石鹸なので生地やカーボンに一切の負担がかからないのも魅力です。
ここからは水をいかにして抜いていかにして穴を塞ぐかですが、シャフト内に水が侵入している場合は穴を空けるのがセオリーにはなります。シャフトに2箇所(水抜け穴と通気穴)穴を空けて乾燥させたら塞ぐという手法がとられます。原因がTグリップやブレードの接着部分だった場合樹脂を流し込むなどして穴を塞ぐ必要もあります。
侵入箇所を突き止める→穴を2箇所開ける→水を抜いて完全に乾燥させる→穴を塞ぐ→侵入箇所も塞ぐ
こういった流れになります。ポイントが何点かあります。
- 穴をあける際は細めのピンバイスを使う。
- 手が当たる場所や負荷のかかるブレードよりではなくグリップ側に穴を空ける。
- 塞ぐ際はシャフトの温度変化による圧変化で樹脂の調整が難しい。
接着不良などにより水が侵入するわけですがなぜか入った場所からはなかなか抜けてくれないものでどこかしらに穴を空けなければならない事案がすごく多いです。
まとめ
今回はパドル(カーボン)の修理について簡単に触れました。長々と書きましたが、シャフトの折れやブレードの摩耗というのは実際問題そこまで起こりません。特にシャフト摩耗なんかは経年劣化とはいえ10年近くかかります。そこまでいくと樹脂そのものの劣化も出ているはずなので買い換えた方が早いということで修理にならないことも多いです。
一番多いのは最初の方で紹介したブレードエッジや面の損傷です。程度さえ見極められればこれらは自分で修理可能なのでぜひ冬の時間がある時に修理してみてください。
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